山紹介及び最も楽な登り方:
加賀の象徴的な名山、白山。見て良し、登って良し、また日本アルプスに属していないものの2700mの高度を誇る素晴らしい山であり、シーズン中はいまどき珍しいファミリー登山が見られる。富士山、立山と並んで「日本三名山」といわれるが、これらの山々に共通するのはそのポピュラーさにあるのかもしれない。白山室堂の山小屋のデカさが登る人の多さを物語っている。最も楽な登り方は、別当出合から砂防新道、難易度3。
登山記録 2003年8月4日(月)費用発生 32,150円
2019京王八王子・・・2059新宿・・・赤羽・・・2135大宮2206・・・2327長岡2354・・・急行きたぐに・・・305金沢530=745別当出合800−840中飯場845−950甚ノ助避難小屋1010−1105黒ボコ岩1110−1136室堂1143−1220白山1225−1245室堂−1305黒ボコ岩−1340甚ノ助避難小屋1355−1440中飯場−1510別当出合1530=1730金沢1818・・・2058越後湯沢2109・・・2222上野
赤石岳から帰った次の休みの前日に、私はいつもの重い登山用リュックを京王八王子のコインロッカーに預け、そのまま出社した。もっとも腕時計がいつもしているケイパやモントレスのような三流ブランド時計ではなく、カシオのプロトレックなので山に行くのがモロバレではあるが。今回は白山に狙いをつけたのであるが、東京から遠い上に登山口までのバスが夏季しか運行されないので、日帰りでは登りにくい。悪い事にJTBの時刻表には白山登山口の別当出合行きのバスの時刻は掲載されていないため、インターネットで時刻を調べ、プランを練ったが、予算と日程製作者の能力の折り合いがつかず何とも出来の悪いプランとなった。山高きが故に尊いというわけではないが、白山の2702mという高さは魅力である。それにこの山を登れば、富士山1991年、立山2002年に登っているので日本三名山踏破達成である。
夜8時すこし前に仕事がはねて、私はネクタイを外し自分の机にしまい、会社を後にした。京王八王子駅前のスーパーで食料を買いこみ、ザックを回収して新宿行きの特急に乗る。車内で一眠りすると新宿。新宿駅の構内を突っ切り、埼京線乗り場に向かうが、埼京線は混んでいたので赤羽で降りて、高崎線の電車で大宮へ向かう。上越新幹線の発車時刻まで間があったので、コンコース内のハンバーガー屋でチキンカツバーガーの夕食。そのあと22時6分発の「とき341号」で長岡へ向かう。上野発の夜行だと「能登」を使うのが妥当なのだが、「能登」だと金沢発の別当出合行きの始発バスに間に合わないので、新幹線を利用するほかない。
JR東日本の通販カタログなぞを読んでいるうちに高崎に停車。かなりの客が下車。ここからはトンネルばかりだ。中山トンネルを抜けて上毛高原。そのあと県境の大清水トンネルを抜ける。夜の闇の中を新幹線はひた走り、越後湯沢を通過、浦佐を通過。ほどなく長岡に到着。きょうは長岡で花火大会があったからか、構内は深夜にもかかわらず雑踏していた。団体客は臨時列車が出るのだろうが、一般客は「きたぐに」に乗るのではないかと考え、早めに在来線ホームに降りる。
「きたぐに」はいまや唯一の583系による定期列車である。583系と言っても鉄道ファンの方以外にはわからないので説明させていただくと、国鉄時代に夜は寝台特急、昼は座席の特急で運用する電車を作れば効率が上がると考えられ、日本初の座席・寝台両用タイプの電車が作られたのであった。作られた当時は「月光形」と呼ばれ好評であったが、寝台特急そのものが不人気で凋落してしまい、昼間の特急としての乗り心地も、ボックスシートでありリクライニングも利かないことから一歩落ちるため、中距離用電車に改造されたり波動編成に回されて冷遇された車両である。が、寝台にも座席にも使える事から「きたぐに」では583系が使われている。今回の旅行の楽しみのひとつでもあった。
23時54分、年季の入った急行列車に乗りこむ。混雑を懸念していたが1ボックスに2人程度であった。ボックスシートはもともと寝台にも変化させられるように設計されているのでゆったりとしており、前の席に足を投げ出してふんぞり返っているうちに私は眠りに落ちた。直江津にも糸魚川にも気付かなかったのだからそこそこまどろむ事は出来たらしい。3時5分、金沢着。蒸し暑い駅のコンコースに座りこんで5時半を待つ。ひたすら待つ。なんてひどい計画を組んだものかと思う。
5時を過ぎたところで朝食の弁当を食べ、ビジネスシューズなどの不要な荷物をコインロッカーに預ける。そのあとゆっくりと駅東口のバスターミナルへ向かうと、すでに60名くらいの中高年のバス待ち客がいた。立ったままバスに20分ばかり乗って、野町で増発のバスに乗りかえるよう指示される。やっと席にありつき、車内で眠りこける。白峰のトイレ休憩と市の瀬で一時的に目が覚めたが、あとは眠りこけて終点の別当出合についた。身支度を整え、8時に登山を開始した。日帰りなので、ルートはもっとも楽な砂防新道を選んだ。
いったん沢へ下り、吊橋を渡ってから登りが始まる。悪い事にきょうは晴れており、カアッと照りつけてくる。しかも当方は夜行の寝不足できょうは体が重い。頂上まで1500m弱も高度を稼げるのかと思う。それなりの勾配の道を進んで行くと、眼前に大掛かりな砂防工事の威容が見え、中飯場に到着。暑くてたまらないのでタオルを水で冷やし、首に巻いて歩きを進める。この山、かなり登って来る人が多い。追いぬいたり追い越されたり、すれ違ったり渋滞したりとなかなか賑やかである。御嶽山ほど宗教色は濃くないが、立山や白馬なみの賑わいである。やはりこの山は石川県の象徴なのだろうか。
じりじりと樹林帯の中を高度をあげてゆく。別当覗きで別当谷の深さを見た後も登りは続く。腹が減ってきて苦しくなってきたが、もう少しで甚ノ助ヒュッテだと己を励まし、頑張って登りを重ね、高度計の数値が1800を越すと登りが多少緩やかになって、ほどなく小屋に到着した。休憩する人が非常に多い。木陰を選んで、ウナギ弁当とおにぎりの食事。マサフィーの水をガブガブ飲む。水の残が乏しくなったので小屋前の水場でマサフィーのボトルに詰める。白山の雪解け水とアラブのオアシス水のブレンドである。
小屋から登山道工事の横を過ぎて二十分近く登ると南竜道の分岐、ここから砂防新道は谷の上部をトラバース気味に高度を上げて行く。水の流れる沢の源頭部を3回ほど横切ると、いよいよ黒ボコ岩直下の急な登りである。つづら折りの山道がかなり続く。運の良い事にいつのまにか雲が出てきて直射日光の猛威からは逃れられた。それでもここの傾斜はきつく、心臓に負担がかかる。路傍で疲れてうずくまった登山者を何人か見る。一気に尾根筋へ高度を上げ、ようやく黒ボコ岩にたどりついた。そこそこの大きさの岩が尾根上に転がっているのが黒ボコ岩らしい。
そこからは平坦な道が続き弥陀ヶ原を進む。ほどなく右手からエコーラインが合流する。左手にはまだ雪渓が残っている。そのあと岩のごろついた歩きにくい登りをこなすと、ほどなく白山室堂に着いた。白山に登る大抵の客はこの小屋に泊まるが、当方は日帰りの強行軍である。ウイダーインゼリーを吸いこんだあと、小屋の前に荷物を置いて、空身で頂上(御前峰)をめざす。石畳の坂道が延々と続く。すこし登って青岩。この岩が天上界と地上界の境との事。ハイマツの茂る中を進み、高度をえっちらおっちら上げて行く。ほどなく高天原。ここまで来ると頂上は近い。振り返れば眼下には室堂の小屋が。きつい上り坂だが、適度にジグザグが切ってあるのでそれほど苦しいとは感じなかった。
頂上部へ上り坂を詰めて行って、ほどなく白山奥宮の前を通り、ひと登りで白山の頂上、御前峰に到着した。頂上の標柱2本と、三角点にタッチする。残念ながらガスが出てきて、展望はきかない。ときおりガスの間から頂上直下の池が見える程度である。登頂のポーズ、決めっ!
頂上にわずか5分の滞留のあと、12時25分に頂上をあとにする。別当出合のバスの最終は15時30分なのでそれに間に合わないと大変な事になる。3時間5分以内、コースタイムは3時間。休憩ぐらいはしないといけないので堂にも心細い。石畳なので軽いステップを切って下り、だんだん室堂の小屋が大きくなって、20分弱で小屋に戻った。荷物を回収して、さっさと下りにかかる。すれちがいに気をつけながら岩のゴロついた下りを過ぎて、弥陀ヶ原を突っ切ると黒ボコ岩。時折小雨がパラつくのでさっさと下山を続ける。
つづらおりの急坂を下り、トラバース道を淡々と下る。午後に入っても、室堂一泊予定の方が多いのか、幾人もの登山者とすれ違う。高山植物をみながら下り、か細い流れを横切って、ようやく南竜道の分岐を分けて、どうにか下りつづけて甚ノ助避難小屋に戻った。ここでおにぎりとパンの行動食。いい加減つかれてきたが、くだらなければ今日中に帰れないから、13時55分に重い腰を上げた。工事中の登山道脇を通り、ガツガツガツと下り、高度計の数字を10、20と減らして行く。別当覗きをすぎると、下界の工事音がかすかに聞こえてくる。ほどなく砂防工事を見られるところにつく。上流は沢が急角度で谷をつくり、その流れを谷の中ほどで幾重の砂防ダムで食いとめている。自然の流れと人工建造物のアンバランスが奇妙である。
工事用道路の上を通り、ひとしきり下ると中飯場。あと30分頑張れと己に言い聞かせ、そのまま下りつづける。ほどなく沢音が聞こえてきて、だんだん谷筋に近づいてくる。下りを続け、何回かターンを切って、ようやく吊橋に到着。渡って、対面の石段を登り返してどうにか、別当出合のバス停に15時10分に戻りついた。暑くてたまらない。シャツを脱いで上半身を濡れタオルで拭く。そのあと着替えて、バスに乗りこむ。帰りのバスはマイカー規制のある市の瀬までは満員で、そこからは乗客はまばらになった。私はたちまち眠りこけた。そこから金沢まで、何も覚えていない。
金沢発18時19分の特急「はくたか21号」に乗りこむ。車中で駅弁を食べているうちに、津幡を通過し、左に七尾線を分ける。倶利伽羅峠のトンネルを抜け、富山県に入り、石動を通過、高岡に停車。このあたりで日が暮れた。当方も眠くなってきて眠り始め、富山にも直江津にも気付かず、目が覚めたら越後湯沢であった。あわただしく新幹線で帰京する。明日一日は自宅でゴロゴロできそうである。