54 吾妻山 (2035m)

山紹介及び最も楽な登り方、

磐梯、安達太良、吾妻は南東北の名山として知られています。吾妻山はいくつものピークや高原、池などがあり、つかみどころのない、言いかえれば山域が広い地域です。最高峰は西側に位置するピーク(?)西吾妻山。最も楽な登り方は米沢からバスで白布温泉、天元台を経てリフトで北望台からのピストン。難易度1プラス。

登山記録 2003年6月24日(火) 費用発生 25,800円

515聖蹟桜ヶ丘・・・分倍河原522・・・府中本町・・・南浦和・・・628大宮654・・・835米沢900=954白布湯元1000・・・1005天元台1010・・・1015第2リフト終点−1035第3リフト・・・1050北望台−1212西吾妻山1222−1330北望台・・・1347第三リフト−1415天元台1420・・・1425白布湯元1510=1600米沢1607・・・1820上野・・・新宿2020・・・聖蹟桜ヶ丘2045

六月に入り暑くなってきて、またどこかへ行きたいなと感じ、恵那山に登りに行きたいとかねがね思っていたが、あいにく本業の仕事が忙しくなって休みが週一ペースになってしまったり、唯一のチャンスは体調を崩して寝こんでしまったり、休み前の夜に業務上の交際で酔っ払ってしまったりで、なかなか山に行くチャンスがなかった。が、心の中にサイレンが鳴り響いている状態に代わりはない。因果な世の中、リトルマネーを得るためにストラグルは続く。

6月16日、仕事場の同年代で親しかった方の送別会。八王子某所の居酒屋で、何て悲しい酒だと思いながらワインを傾ける。またひとつ 優しい風は 消え去りて・・・・と感じ、いつもより余計に酒をのんだ。二次会はカラオケで一時くらいまで騒いだ。それなりに酔ってはいたが、終電後のタクシー代が馬鹿らしく感じ、自宅まで二時間かけて歩いて帰った。当然次の日は山に行ける状態ではない。

その一週間後の火曜日、なんとしても六月中に一座実施するぞと思い、比較的楽に登れると思われる吾妻山に狙いをつける。もはや貴重な「日帰りで登れる百名山」である。だが前夜0時ごろまでネットで遊んでいたのと、寝過ごしたら大変だという思いがあってろくに眠れぬまま四時を回り、夜が明けた。吾妻山をナメていたのか、今回はザックもディパックにして、 杖も着替えも持たず、水のペットボトルだけを入れて出発した。早暁の野猿街道を自転車ですっ飛ばし、聖蹟桜ヶ丘に到着。京王線で多摩川を渡り、二駅目の分倍河原で南武線に乗換え、つぎの府中本町で武蔵野線に乗りかえる。

眠って過ごし、頃合い良く武蔵浦和で目が覚めて、南浦和で京浜東北線に乗換えて大宮へ。新幹線の時間まで間があったので天ぷらうどんの朝食。そのあと売店で昼食用のおにぎりを買って、新幹線ホームへ向かう。6時54分発の新庄行き「つばさ」に乗る。七両編成の先頭の2両が自由席である。ゲージ(軌間)のみ新幹線規格の1435mmだが、車両は在来線規格に合わせているため車体が新幹線より一回り小さく、タラップに足をかけてから車内に入る。車内も2列2列の在来線形式である。もっともスピードは新幹線で、朝の関東平野をものすごい勢いで疾走する。寝不足の私はたちまち眠りに落ちた。

気がついたら新幹線は福島を過ぎ、板谷峠を越えて米沢盆地への下りにさしかかっていた。ほどなく米沢に到着。新幹線に乗ったのに在来線のホームに降りるとは奇異な印象を受ける。米沢牛関連の土産物を見ながら、白布湯元行きのバスを待った。ほどなくバスが現れた。観光路線なので、車両はリクライニングシートの観光バスであった。車中でまたも眠る。気がついたらバスは白布温泉街に入っていた。急坂を登り、ロープウエーの駅横の終点についた。ここからロープウエーとリフト3本を乗り継いで北望台へ向かうのだが、強風のため2本目のリフトが運休中とのこと。まあよい。相手が吾妻山ならそのくらいハンデだと考える。

10時発のロープウエーは天元台高原へグングングンと高度を上げて行く。きょうは風が強いのでゴンドラがユラユラと揺れてスリルを感じる。4分で天元台の駅に差しかかった。揺れたまま駅舎に入ったので、到着ホームの側壁にバキョ、バキョとぶつかりながら進入する。ヤレヤレとゴンドラを降りる。天元台はスキー場だがペンションやテニスコートの並ぶ高原リゾート地でもある。そのなかを第1リフト乗り場へ進み、300円を支払ってリフトに乗る。強風が吹きつける中、リフトは若干揺れながらゆっくりと上がって行く。ちょっと怖くなってきたので、津軽海峡冬景色を歌って気をまぎらす。

5分ほどで第1リフトは終わり、第2リフト(しゃくなげリフト)は強風で止まっているのでその横のゲレンデを登る。けっこう傾斜がきつく、歩き出しの身にはこたえた。15分ぐらいかかってようやく斜面を登り切って、荒い息をはずませながら、また300円を払って第三リフトに乗る。これがいちばん距離が長い。寒くなってきたので八王子大塚の某カー用品店で買った防水ライダー用ジャケットを羽織る。米沢では晴れ間があったのだが、いつのまにか霧雨混じりのガスが出てきて、このあたりまでくると展望はない。ほどなく終点の北望台。すでに標高1800を越えているので、頂上までの獲得すべき高度は200程度だから楽勝のはずである。

岩のごろつく中の登り道を黙々と進んで行き、ほどなくカモシカ展望台。ここから木道となり、ゆるく下って行って東吾妻方面との三叉路に出て、そこを右折。ちょっと進むと、雪渓に出てルートを見失ったが、雪上に立てられた竹ざおを目安にルートに戻り、滑りやすい雪の上をこわごわ進んで行くと、また木道が出てきて、ひとしきり進むと凹地の水場に出た。寝不足のせいか体が重い。そのあとは雪の斜面を足跡頼りに進んで行くスリルある区間であった。そのあと丸太階段で登って、岩のゴロゴロした中を赤ペンキのコースサインを頼りに梵天岩の横を通り、そのあとも歩きにくい道を進んで行く。ほどなく道は西吾妻小屋と頂上へ向かう二つに分かれ、私は左に折れて頂上をめざす。いったん岩のゴロゴロした中を下って、再度登り返す。トレイルを雨に濡れた茂みが覆っているため、スラックスがずぶ濡れになってきた。

ちょっとしんどい登りを十分くらい続けて道が平らになったと思ったら、目の前に西吾妻山頂上の標柱が出てきた。北望台から1時間20分で頂上に到達できたが、時間以上に長い印象を受けた。おにぎり3個をアラブ首長国連邦の水「マサフィー」で流しこむ。登頂のポーズ、決めっ!

帰りはバスの時刻に余裕があるので淡々と下った。分岐前の登り返しや梵天岩直下の岩の上歩きなど、いやな所をしずしずと下り、雪の斜面では足跡をうまくトレースしたが2回バランスを崩して尻もちをついた。草につかまりながらへっぴり腰でどうにか下って凹地の水場、木道を適当にあるいてまた雪渓。こんどはうまく足跡通りに歩けた。これで危ない所はクリアしたので気も楽になり、軽くカモシカ展望台へ登って、あとは歩きにくい下り道を適当に下って、あっさりと北望台にもどりついた。

第3リフトに乗って高度を下げ、第2リフトはまだ運休中だったのでゲレンデの草付きを一気に下った。サクサク進めるが膝に負担がかかる。ほどなく第1リフトとの乗り継ぎ点に出たが、時間に余裕もあるので第1リフトには乗らずそのままゲレンデを下った。が、あまりの急斜面でヒザに違和感が出てきたので、遊び心もあって一計を案じ、いわゆる「イモムシゴロゴロ」でくだってはどうかと考えた。その場に寝転がり、ゴロゴロと下へ転がって行く。勢いがつきすぎると怪我をするので、回るたびに手でブレーキをかけて勢いのつきすぎないよう調整してゲレンデを下った。

ごろごろごろ・・・・・ごろごろごろ・・・・・・ごろごろごろ・・・・・

シーズンオフの平日なのでこの愚行を誰も見ていない。だが、このやり方には重大なミスがあった。20回転以上転がって高度を下げたが、目が回って三半規管がやられ、気持ちが悪くなってきた。いかんなと思い、立ち上がって斜面をヒザに負担をかけないようにジグザグに下った。ほどなく天元台の駅に戻って、14時20分のロープウエーで湯元へ降りる。4分で標高400m強を強を下げて、白布湯元に着いた。さっきのイモムシの後遺症でまだ気持ちが悪かったので自販機のホットコーヒーで気をまぎらす。

15時10分発のバスで米沢へ、往路同様眠りこけ、四時少し前に米沢駅に到着。接続良く次の東京行き新幹線は16時7分発である。列車は板谷峠へ向けて山中を快走していく。当方もだんだんウトウトしてきて、そのまま大宮まで眠っていた。上野まで乗ってベラボ−に長い地下エスカレータを上がる。そのあと秋葉原某所の肉料理屋で、ステーキを頬張りながらひとり祝宴を張った。

55 赤石岳へ進む

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