山紹介及びもっとも楽な登り方:
長野県北部、長野県と新潟県の県境は多くの個性的な山々が聳え立っています。いわゆる「妙高火山群」の山々で、黒姫・飯縄・戸隠・高妻・妙高・火打・雨飾といった山々が、奥秩父やアルプスのように山脈上にズラリではなく、緑の高原の上にボン、ボン、ボンと立っている、日本でも稀有の名山集積帯であります。このうち高妻・妙高・火打・雨飾の4座が日本百名山にセレクトされています。残りの3つは日本二百名山に入っています。長野新幹線の開通でかなり登りやすくなったのではと思われますが、なにしろ火山性の性質ということから山容の厳しさは北アルプスに匹敵する要素がありますので油断は出来ません。高妻山は戸隠の北に位置する雄峰です。もっとも楽な登り方は戸隠キャンプ場からのピストン。難易度3プラス。
登山記録 2002年9月23日(月・祝)
019立川・・・・449松本・・・545長野658=807戸隠キャンプ場820−957一不動避難小屋1010−1102五地蔵岳1110−1203一休み岩−1250高妻山−1324一休み岩−1410五地蔵岳1430−1517一不動避難小屋1524−1648戸隠キャンプ場1653=1800長野1828・・・1948大宮
剣岳であれほど岩に苦しめられたにも関らず、その二週間後に私は次の山を考えていた。なぜ山に行くのか、と山ヤ以外の方に問われてどう答えるかはその人それぞれであるが、「そこに山があるから」という哲学的?な回答をする人もいるし自然に心が癒されるからだとか頂上に立った時の達成感がいいのだという答えもある。私は・・・・そうですねえ、会社員五年目時点の答えとしては、旅心のみなもとである非日常性の追求と自らの修行(完全自己責任でその山行きツアーのPlan・do・seeをやらなければならない所はビジネスに相通ずるものがある)、あとはストレス解消です。日頃のストレスは野沢菜つまみのウォッカもいいが、登山は面白さがある。もっとも度が過ぎると翌日に残る点は(筋肉痛)飲酒と同じなのであるが。
仕事のある日はいろいろ案件が持ち込まれたり降りて来たりしてきてそれの調整交渉確認に追われ頭の中がベクトルが交叉しまくっていて幾何の教科書のようになってくるとやはり夜行列車にでも乗って旅に出たくなる。さいわい月・火の休みが取れた。月曜で日帰り可能なギリギリの山ということで高妻山に、ねらいをつける。日曜の夕方、取引先にメールを打つだけ打っておいて、旅にでる。いろんな案件は一時的にではあるが考えない事にする。いったん自宅に戻り、巨人戦を見ながらザックをパッキングする。雨が強くなってきてナイターも7回でコールドゲームになってしまった。でもまあ明日の長野の降水確率を確認してまあやってみようと判断した。午後11時過ぎ、私は腕時計をシャルルホーゲルからカシオのプロトレックに換え、旅に出た。
立川発0時19分の夜行急行「アルプス」はやはりガラガラであった。いちおう休日の前日なので、ひょっとしたら甲府までは座れないかもしれないと思っていたが、夕刻からザカザカ降った雨のせいか登山客の姿はまばらであった。コンビニで買った週刊現代を見ながら眠くなるのを待つ。ほどなく横になって、うとうととまどろむ。塩山で目が覚めて、前の席が空いたのをいいことに前の席を回転させてL字形になってまた眠る。今回は眠りが断続的になってしまい、茅野と塩尻で目が覚める。4時31分、松本着。ここで大阪からの夜行急行「ちくま」に乗りかえる。このコースは2年前の火打・妙高行きで使った手であり、長野新幹線の始発で行くよりか1時間半ばかし登山口に早く着ける。もっとも夜行なので体に負担がかかるというリスクはあるが。
「ちくま」に乗りかえるやいなや車掌がやってきて急行料金を徴収される。そのあとまた横になって眠りについたのでその間の景色は見ていない。夜が明けていつのまにか聖高原・篠ノ井を通過し、5時45分、長野着。ホームの立ち食いソバ屋は早くも店を開けていた。天ぷらソバの朝食。信州だけあってソバがうまい。つゆには宗田節を使っているとの由。そのあと売店をのぞいて食料の追加調達。長野だけあって土産品には野沢菜が並べられており、外国人観光客向けに「Japanese piqurs NOZAWANA, NAGANO special product」というPOPが貼ってあった。スポーツ新聞を買ったあと、バス乗り場で戸隠キャンプ場行きのバスを待つ。
戸隠キャンプ場行きのバスは長野市街を走ったあと山に入り込んで行く。眠っていたのでその間の景観はわからない。中社での時間調整で目が覚め、8時過ぎに終点の戸隠キャンプ場着。準備のあと、8時20分に歩行を開始した。左の車道からキャンプ場の敷地内を横切り、コテージ棟の横から戸隠牧場に入る。入場料250円と記されていたが入口に誰もいなかったのでそのまま入る。道がアスファルトから小道に変わり、柵の内側に入ると所々で牛が草を食んでいる。登山道のすぐ横に大きな黒牛が2、3頭いる個所もあって、あんなのがもしタックルしてきたらと想像したりもするが幸いにもかれらは慣れているのか、悠然と草を食んでいた。そのよこをすり抜けて、牧場の奥からいよいよ本格的な登山道に入る。
しばらくは高原状のさわやかな樹林帯の登り道だったが、だんだん道が沢を絡むようになってきて、何回も細い流れを渡る。沢を詰めた所が一不動であるが、だんだん流れが急峻になってきてしんどさが増してきた。ほどなく高度1500を越えると、沢が滝に当たっており、登山道はその滝の右側の岩壁を直登するようになっている。岩には上からクサリが二本垂れ下がっているがすこし緊張した。だが前回の剣岳の比ではない。滝を登り終えてからはさらに急峻な谷をつめて、いったん左へ高巻く。その取り付きもすこし荒れていて神経を使った。ここで標高が1600に達し、のぼり始めから1時間が経過したので7分休憩。
そのあと取りつきの登りを鎖頼りに登り切ると、難所である帯岩のトラバース。岩の上に彫られた足場伝いに進むコースだが、登りに関しては目の前の2、3歩だけ見て歩けばさして怖くない。横切ったあと再びさっきの沢と合流し、1箇所クサリで登ったあとは再度か細くなった流れを傍らにしながらの谷登り。一杯清水をすぎると流れは消え、稜線へ向けての急峻な登りが延々つづく。が高度計の数字もずんずん上昇し、高度1800を越えるとひょっこりと一不動の避難小屋に出た。ここで稲荷ずしの朝食。ウイダーインゼリーも一つ吸っておく。
一不動避難小屋は10人が収容できる程度の、広さにして六畳間くらいのブロックづくりの小屋である。寝具もないので利用する場合は寝具・炊事道具の持参が必要であろう。またトイレがないので小屋の周辺にはいくつかキジ跡が散見された。小屋の中に不要な荷物をデポし、ちょっと身軽になって出発。まずは眼前のピークに取り付く。登ったところが二釈迦。そこからさらに尾根上の道が続く。尾根の右側は急峻で絶壁に近い。つぎのひと登りを過ぎて三文殊。(この山は一不動から頂上の十阿弥陀まで、小ピークごとに山岳信仰に因んだポイントが標示されている)そこからいったんバッと下って再度、かなりの登りを経て、四普賢。またダウン、そして大きく登り返して五地蔵岳1998mに到着。アップダウンが多いのでコースタイムより多く時間がかかってしまう。
一息ついたあと歩みを進める。ここで登山道は左に折れて尾根伝いに高妻山をめざす。次のピークの六弥勒まではすぐであった。そこからちょっと下ってまた登り返し。帰りは大変だなと思う。そして七観音に到着。悪い事にここで雨が落ちてきた。濡れながら大きく下って、鞍部からまたまた登り返す。登りきった所が八薬師。 そのあと道はすこし登って九の石祠(標識がなかったので名称は判らなかった)をこえると、尾ねどおしの割合歩きやすい登り道となる。ほどなく右側に「一休みしましょう」とペンキ書きされた大きめの岩に出る。恐らくこのあたりが八丁ダルミであると思われる。
しばらくは尾根上のふつうの登りが続くが、だんだん登りが急になってきて、当方を閉口させる。高度計の数字は順調に上がって行くがここののぼりは急な上に丸太階段などの人の手がほとんど加えられていないので、岩や木の根にすがって登らされる厳しい道であった。おまけに雨で滑りやすいので余計に気を使わないといけない。なおも急登は延々と続き根比べの様相を呈する。いつのまにか高度計は高妻山頂上の2350mを越えていたが、頂上に着く気配がない。高度計は表示が実高度より下の場合はラッキーと思うのだが、表示が実高度より上の場合はこのウソツキと言いたくなる。息を切らしつつどうにか頂上部の稜線に出た。そこからは草地の斜面をゆるく登って行った。
まず十阿弥陀の標識が現れ、そのあと岩伝いに歩いて行くとようやく頂上の標柱と三角点が目に入った。登頂のポーズ、決めっ。雨天なので展望はゼロ。私は頂上の標柱にタッチするやいなや引き返した。
雨の日の下りは難しい。岩の上を慎重に引き返し、十阿弥陀を過ぎてまた急なくだりに挑む。斜面上のわずかな手がかり足がかりに狙いを定め、慎重に足や手を置いて行く。ツルと滑りそうになるシーンは何回かあったものの、何とかこの大下りを大過なくしのいで、ようやく下りが幾分ましなものになって先程の「一休み」岩を通過。ちょっと下って登り返し八薬師。ここからのアップダウンの多さはいささかうんざりしてきた。七観音の登り返しを耐えきったところで雨はやみ、日が射してきた。往路では見られなかった周囲の展望を見ながら下り、また必死の形相で登り返し、六弥勒を経て五地蔵岳にもどりついた。
遠望はきかなかったが、ここから見る高妻山は雄大にして圧巻である。北側には黒姫山、東には飯縄山がそれぞれ緑のカーペットの上にその存在を誇示するかのように立ち並んでいる。南には戸隠の山々も見られる。ここでおにぎりの昼食。まだ登り返しがいくつかあるので気が抜けない。大きく下ってちょっと登り返して四普賢にもどり、ドスドス下って、わりあい大きな登り返しをしのいで、稜線上を進むと三文殊。下った後尾根上を進んでニ釈迦。ここまできたらもはや気合で、急な斜面を下って、どうにか一不動の小屋にもどりついた。
ほとんどの登山道はあとは下るだけとなれば、もう終わったようなものであるが、ここのはそうも行かなかった。5時間少々かけて一不動から高妻山まで往復して、今度は帯岩の下りや、あの滝横のクサリの下りもある。避難小屋で一休みしたあと荷物を回収し最後の下りにかかる。急峻な下りを淡々とこなし、ほどなく水場。そこからはチョロチョロした流れの上を、腕に覚えの「キャラメル下り」で淡々と高度をけずっていった。そして難所の帯岩のトラバース下り。目の前の二・三歩だけ見るようにしてこの難所をしのぎ、取りつきの急な下りを経て、滝の岩盤をクサリだよりに降りていった。なんとか下り切って上を見上げて、よく滑らなかったものだと感心した。
そこからは沢の中を高度を下げて行けば良かった。下るにつれ傾斜がゆるやかになってきた。何回目かの渡渉でスラックスのすそを洗った