山紹介及びもっとも楽な登り方:
北アルプスの北部、立山連峰の北奥に聳え立つ岩の山。その強烈な個性、圧倒的な存在感は槍・穂高と並んで日本アルプスの看板である。近くまで来てながめると、いったいあの岩峰のどこを登れば良いのかと不安に駆られる。一般的ルートは室堂からの別山尾根、または馬場島からの早月尾根しか道はない。もっとも楽なのは室堂からのコースであるが、一服剣から先は岩の登下降、幾多ものクサリ場の通過を強いられ他のアルプスとは難易度が数段増しているものと思われる。難易度5プラス。
登山記録:2002年9月9・10日(月・火) 費用発生 34,241円
(初日)542富山635・・・立山740・・・747美女平820=903室堂908−938雷鳥平−1110別山乗越−1210剣山荘(泊)
(二日目)540剣山荘−610一服剣−735前剣−820平蔵コル−913剣岳930−1000平蔵コル−1045前剣−1130一服剣−1150剣山荘1230−1348別山乗越1355−1500雷鳥平−1535みくりが池温泉1603−1615室堂1630=大観峰・黒部ダム経由で扇沢へ
旅とは日常生活から一時的に脱却し、日々のサイクルとは全然違う所へ出かけ心身の解放を図るのが本質というか目的である。だが外出全般が好きな小生でも、都内とアルプスでは気合の入りようが違ってくる。8月下旬の某日、都内のかねがね気になっていたスポットへまとめて出かけてみて、飯田橋の某ビルの地下にある印刷博物館で印刷の歴史やポスターの断裁ビデオを見てホウと感心して、次に秋葉原駅の広告板を全面ジャックした「めろんちゃん秋葉原に登場!」のポスターに驚いたり、秋葉原の交通博物館で子供の頃の追憶にふけったり、銀座の山野楽器でマニアックな楽譜をさがしたりして遊び回ってみても、最終的にはちょっとの疲れが残るのみなのである。やはり山に行かないとな、と思うのである。
9月5日、休みだったので、気まぐれ心理が働き、横浜スタジアムにナイター観戦に出かけた。スポーツ興行らしい異質的な雰囲気に満ち満ちた中で石井琢朗や鈴木尚徳のテーマ曲を歌いながらベイスターズを応援した。試合はグスマン投手がテンポ良く中日打線を抑え、横浜が快勝した。勝ったので「熱き星たちよ」の大合唱。
9月6日、取引先の会社と打ち合わせ、けっこう遅くまで話し込む。ちなみにその日は憂鬱な気分を晴らしたいためか、家に帰ってからウオッカの水割り(ロシヤ産の「ストリナチヤ」を冷水で3倍にうすめたやつ)を2杯飲んで、いい気分になって、ロシヤ民謡を歌ったあと、ぐでんぐでんになって布団の上に倒れこんだ。
9月7日、二日酔い。頭痛薬を飲んで出勤。黙々と資料作成。夜遅くに帰宅し、荷物をパッキングした。天気予報によれば火曜日は晴れ時々曇り、アルプスをやろうと心に決めた。
9月8日、例によって京王八王子駅のコインロッカーに荷物を隠し、そのまま出社。各方面にメールを打ったりメモ書きを残したりして過ごし、そして仕事がはねて、例によってスーパーでおにぎりやパン、ウイダーインゼリーなど買いこみ、新宿行きの京王線急行の中で一眠り。笹塚から電車は地下に入り、新宿駅手前の大カーブをきいきいと音をきしませながらホームに進入した。ここでJRに乗りかえる。日曜の夜、すでに快速電車は終わっており、各駅停車で東京方面へ向かう。
市ヶ谷、飯田橋、水道橋と電車は神田川沿いを進み、御茶ノ水で黄色い電車に乗換えて一駅、秋葉原で降りて階下の京浜東北線のホームへ歩く。11時すぎに上野着。ここで金沢行きの夜行急行に乗りかえる。上野駅の構内を横切って、かつては東北方面の列車が数多く出ていた頭端式ホームの16番線へ向かう。いまは「上野発の夜行列車」は寝台特急を除けば定期ではこの急行「能登」のみである。もっともこの列車も車両は特急電車の使い古しになっているが。
年季の入った489系九両編成の急行「能登」は、定刻23時54分に上野駅を発車した。しばらくは線路の錯綜した中を走り、尾久を通過、京浜東北線のホームをいくつかやりすごしたあと、赤羽に停車、荒川を渡って川口を通過、私もさっき八王子のスーパーで買った弁当を平らげ、そのあとスポーツ新聞など読みながら、眠くなるのを待つ。大宮に停車して首都圏の客を拾い終えたあとは、上尾、桶川、鴻巣とこまめに停車して近距離の客を下ろして行く。もっとも今日は日曜日なので通勤客はほとんど乗っていない。熊谷を出ると列車は深夜の関東平野を疾走し、新町倉賀野と過ぎて高崎に停車。ここで車内灯が減光される。
前の席を回転させて足を投げ出し、Lの字形に横たわって眠る。そこから先は泊、入善まで何も覚えていない。列車は朝の富山平野を快走し、常願寺川を渡って富山が近づくと車内にペールギュントの「朝」が流れ、車掌が各方面への接続案内をアナウンスするが、富山地鉄の時刻までは喋ってくれない。5時42分、富山着。眠たい身体を引きずりながら、富山地鉄の乗り場へ向かう。
つぎの立山行きは6時35分発でかなり間がある。アルペンルートのパンフレットを眺めたりして時間をつぶし、駅前のコンビニで食料を買い足し、富山地鉄の電車に乗りこむ。こまめに電車は停車し、寺田の三角形ホームを瞥見しているうちにまた眠くなってきたので電車の揺籃に身を任せ、しばしまどろむ。
いつのまにか電車は有峰口を過ぎていた。次は終点の立山である。窓枠に腕をのせたまま眠ったので、右腕の肘から先が痺れてしまった。立山に到着し、アルペンルート入口のケーブルカー乗り場へ向かう。ウイークデーなのでケーブルカーも前回の立山ツアーの時ほど混んではいなかった。美女平駅での高原バスへの待ち時間を利用してトイレを済ませ、8時20分発の室堂行きに乗る。バスは軽やかに高度を上げて行き、称名滝が見える地点でいったん停止したあと、カーブをきって更なるのぼりに挑んで行く。私はまたも眠りに落ち、気がついたら終点の室堂に着いていた。
さて、今日はコースタイムにして3時間半、剣山荘までの行程なので、のんびりと歩きはじめる。室堂駅の階段を上がり、剣岳や黒部川で何人死んだ怪我人が出たという注意ボードを瞥見したあと展望台に出る。俗的観光ルートにしてはここの眺めは絶景であり、とくに立山のラインは息をのむほどの美しさと言うか、神々しさと言ったものがある。きょうは晴れてはいないが、高曇りなので立山が良く見え、竜王岳との鞍部にある一の越山荘まで見える。整備された石畳道を進み、案内板にしたがってみくりが池の西岸を巻いて、地獄谷への道を分けてリンドウ池のふちを軽く登降しながら半周する。そのあと雷鳥荘の前を過ぎ、ジグザグの下りを経て、雷鳥沢キャンプ場の中を突っ切り、称名川を板で出来た橋で渡る。新室堂乗越への道を分け、ここからは雷鳥坂の登りである。
ガイドブック等には浮石が多くて危ないと記されている雷鳥坂だが、とくに気になる所はなく淡々と登ることができた。雷鳥沢沿いの直線的な登りから大きなジグザグのぼりを経て、細かいジグザグの登りとなる。このあたり、ショートカットのコースがいくつも出来ているが、登山道外の斜面が荒らされるのを防止するため、いたる所に×サインのペンキマークが付けられている。標高2400mを超えたあたりでおにぎりの朝食。そのあとも淡々とザレ気味の斜面をのぼりつめて行く。明日は剣岳登頂という大仕事が待っているので、勢いをセーブしながら、不真面目気味に登って行く。
雷鳥沢から一時間半で、剣御前小屋の建つ別山乗越に到着した。今登ってきた雷鳥平、新室堂乗越、剣山荘、剣沢、剣御前、別山と、6本もの登山道が合わさる要衝である。立ち止まって別山への稜線をながめつつ呼吸を整えたあと、左から三番目の道に入り、剣山荘をめざす。この道は剣御前東の斜面をトラバース気味にゆるく下って行く快適なプロムナードである。右側の剣沢にはまだ雪が残っている。何箇所か岩のゴロついた涸れ沢を横断しながら進んで行くと右側に剣沢小屋が見え、そして目の前には剣岳が見えてきた。今まで見たどんな山よりも、岩が張り出しており、たくましさを感じさせるそのたたずまいである。高校の頃から憧れていた、あの剣岳にこうして対面でき、感慨をおぼえずにはいられなかった。図書館で読んだ山岳ガイド本とかの印象では、剣岳は岩が凄くて、行けない山、難しい山だと感じていたが、ついに眼前数キロにその姿を見る事が出来て、あと数時間の登りでその頂きに立てそうな所まで来る事が出来て、嬉しい。
クロユリのコルへの尾根どおしへの道を分け、剣山荘への下りにかかり、淡々と百メートルばかり高度を下げて、赤い屋根の剣山荘が近づいてきた。右斜め上に一服剣への登路が続いている。十二時すこし過ぎに剣山荘に到着。もったいない気もするが、本日はここまでとし、剣山荘に旅装を解く。一泊二食で8,400円。2階の201号室に案内される。九月上旬の閑散期の平日なので、八畳間を単独行氏とふたりで占拠できた。夕食が5時からなので間があり、ロビーで昼食のドンベエきつねうどん(500円)を食べた後、二階の部屋で本を読んでいるうちにまた眠くなってきてそのまま昼寝。
午後4時、館内放送があり風呂が沸いたとの知らせがあり、さっそく入りに行く。玄関わきの離れのような位置に風呂がつくられていた。山小屋で風呂に入れたのは94年の尾瀬以来だが、剣沢の雪解け水などで比較的、水が手に入りやすいのであろうか。それなりの広さの浴槽につかり、疲れをさっぱりと流す。もっともこの小屋に風呂があるとは知らなかったのでとくに用意はしていなかった。私は替えのパンツを持ってこなかった事を悔いた。風呂の後は5時から夕食である。夕食の膳はコロッケ、鯖の塩焼き、実のすくない味噌汁、春巻きなど、山菜の煮物はおいしかった。睡眠促進のため、500円の缶ビールを買ってグビリと飲む。昔は缶ビール一本でヘロ酔いしていたのに、いまはちょっと気分が良くなる程度。私も俗人になってきたなと思う。
さて、二階の部屋に戻って早々と眠りについたが、夜十一時ごろ空腹で目が覚めた。ウイダーインゼリーを吸いこんで腹の虫をなだめ、頭痛薬を睡眠薬代わりに飲んで、また横になる。そのあとはよく眠れて、5時過ぎの朝食の放送まで何も覚えていない。軽めの朝食をすませ、トイレ(水洗!)もすませ、いよいよ勇を鼓して、剣岳へアタックにかかる。運のいい事にきょうは良く晴れており、風もあまりない。
まずは小手調べに一服剣へ登り始める。剣山荘から右斜め上に一直線の道をヨッコラと上がり、尾根に取り付いてジグザグの登り、三十分足らずでほどなく最初のピーク、一服剣2618mに到着。ここで目の前に現れたるは前剣の威容。いったん武蔵のコルへ70mばかり下って、そのあと前剣への急峻な登り。日光男体山観音薙なみの急斜面をこらえて高度を上げて行く。高所なので空気が薄く、しかも他の山より明らかに岩がごろついておりスリル度が高い。大岩のたもとからすこし長い鎖場があらわれた。後々散々私を苦しめたやつの最初である。急登の跡のクサリでペースを乱され、ほうほうのていで稜線に上がって、一服剣から一時間以上もかかって、前剣2813mにたどりついた。ここでようやく最終目的の剣岳の頂上部が望める。
前剣から先はクサリ場が多く、登り下りのルートが分かれている箇所もままある。まず私を驚愕させたのが前剣直下の急峻な岩壁をトラバース気味のクサリ場で越える箇所。ふがいないことに恐怖に私は呑まれ、完全にペースを乱されてしまった。そこからも意外にアップダウンがおおく、かなり閉口した。クサリ場の登り下りが何箇所も出てきて、何て山だ、と心中で呆然とする。クサリ場の下りは尻を擦りながらへっぴり腰で下ったため、リュックが邪魔になる。アタックザックの必要性を感じた。急峻な道に怯えながら、慎重に前へ前へ進んで行く。何回目かのクサリの登りのあと、平蔵の頭らしき小ピークを越えて、そこからすこし下って沢形も上部をトラバースするように進むと、平蔵のコルを過ぎ、ほどなく絶壁の真下に出た。上へは垂直にクサリやボルトが、かなり長くつけられている。ここがカニのタテバイとよばれる最大の難所であった。
これは・・・・・・死ぬ・・・・・・
最初に見た印象は上記のようなものであった。通常の登山道のレベルを逸脱しているといわざるをえない。これを登るのか、とおもうと気が滅入ってきた。なんてこった。だがここを登らない限り、頂上へは行けない。
できないって思ったら、出来る事も、出来なくなるんだ。
そう考えることにして、半ば勇を鼓して、半ばやけくそでちょっとオーバーハング気味のカニのタテバイの最初のホールドにとりつく。足は支えにまわり、腕でクサリや岩やボルトをつかみながら懸垂運動のように自らの身体を上へ上へと持ち上げてゆく。
負けそうなら戦わない、じゃいけない。私の進む道は前しかないだろうが!
鬼気迫る表情をしながら、垂直の(あとでわかったのだがカニのタテバイの高さは17m、実際はかなり長く感じたのであるが)登りを無我夢中で続ける。
ウアォォォーッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・・・・
最後は思いきって自分のからだを右上にスライドさせて、そのあと斜面を右上に登り、左に鋭角に折れるところでカニのタテバイは終わった。体の力を総動員したので動けない。たまらずその場にへたり込んでしまった。
なんて、山だ・・・・・・
6割の力で登りましょうというのが登山のセオリーだが、ここで全力を使いきってしまった。ウイダーインゼリーを吸いこんで、ちょっと日の当たる岩の上でトカゲを決めこんで休む。
十分ほどやすんだあと、よろよろふらふらと残り少ないエネルギーで登り始める。足元が覚束ないのでゆっくりと進んで行く。ほどなくカニのヨコバイ分岐を過ぎ、稜線に出て一歩一歩上って行く。「もう頂上までクサリはないですよ」「あと15分」などとすれ違う登山者が励ましてくれる。ほどなく登山道は黒っぽい岩がガラガラした中をコースサインにしたがって進むようになって、早月尾根からの道をあわせると目の前に頂上の標識が見えた。あとはそこまで一歩一歩前へ進めば良かった。頂上に着いたのは午前9時13分、剣山荘から3時間半が経過していた。2時間半のコースタイムより一時間以上も多く要したというのは今だかつてなかった。
登頂のポーズ、決めっ!
・・・・・・・・・へばる・・・・・・・。ガスが出てきたのでアルプス側の展望はあまりなかったが、別山乗越や室堂方面はよく見えた。早月尾根は意外に急峻で、早月小屋が眼下に見える。北側は富山平野がのぞめ、その向うには日本海も見える。源次郎尾根や長次郎尾根が伸びているが、一般者通行不可の標示がある。ここでパンの朝食。ウイダーインゼリーも吸っておく。今から室堂まで戻らねばならないのかと思うとぞっとする。
9時半に頂上をあとにした。そろりそろりと岩のガラガラ帯を下り、早月分岐をすぎてひとしきり下るとカニのヨコバイ分岐に出る。下りの難所はカニのヨコバイであるが、難易度的にはカニのタテバイより数段落ちる。クサリをつかんで足場を慎重に確保すればどうってことはないが、それでもちょっと怖さを感じアドレナリンが分泌される。その部分をしのぐとハシゴに出る。身体を回転させるのがちと難しかったが、落ちついていれば問題はないと思われる。長いハシゴを慎重に下ってまたクサリ場をへっぴり腰で下ると平蔵コルのトイレ棟の裏に出た。
剣岳カニのヨコバイ
そこから平蔵の頭へ急なクサリ場の登り返し、ケルンの積まれた稜線を下って、またクサリの登り下りを経て前剣へ登り返す。岩のクサリ場通過がいくつも続いて喉が渇いてしまった。前剣ピークのすぐ下を巻いて、稜線をちょっと下ったあと、大岩の長い鎖場、そのあとはガレている急斜面の下り。
堪えに堪えて、ガレたくだりから普通の下りに道が変わり、ひとしきり下って武蔵のコル。一服剣への登り返しを前にここで休んでおく。コンデンスミルクのチューブを吸って、水を飲みきり、最後のウイダーインゼリーを吸いこむ。ここから覚悟を決めて、数分間の一服剣の登り返しを堪える。なんとか一服剣を越えた後は眼下の剣山荘へヤレヤレとふらつく足で下って行く。だんだん赤い屋根の剣山荘が大きくなってきて、稜線から離れて斜めの下りとなり、正午すこしまえに剣山荘に戻りついた。たまらずベンチに座りこむ。
良く冷えたポカリスエットのペット(450円)を飲みほして、ようやく人心地ついた。そのあと昨日と同じくドンベエきつね(500円)の昼食。これから室堂まで帰るのは億劫である。でも明日は会社なのでなんとか四時半の最終バスまでに室堂へ帰りつかないといけない。昨日三時間でさしたる苦もなく通った道であるが、今の疲れ切った私には強敵である。十二時半、重い腰を上げて私は別山乗越への登りに挑んだ。疲労があるので牛歩戦術のようにゆっくりゆっくり歩く事を心がけた。
なんとかクロユリのコル分岐までの取りつきの登りを耐え、そこからはジリジリと高度を上げて行くルート。一歩一歩前進し、剣沢小屋を左下方に見ながら進んで行き、涸れ沢をいくつか超えると別山乗越は近い。ほどなく剣御前小屋の建物が見えてきた。別山からの稜線が優美だ。どうにか登り返しに耐え、別山乗越のベンチで休憩。ここからは室堂高原を見ながらの雷鳥坂の下降である。
体力がもうほとんど残っていないので小幅の足さばきで丁寧にステップを刻んだ。多少ガレ気味なのでドスドスと下るのは自重した方がよいと思う。ほどなく大きなターンを二つ三つ切ったあと、雷鳥沢沿いに出て勾配がゆるくなり、板の橋をわたって、午後三時、雷鳥平にもどりついた。室堂までの登りは一番楽そうな地獄谷ルートを選択した。しばらくは地獄谷の異様な景観を見ながら、ゴーとかシューとかいった噴出音を聞き、硫黄の匂いを気にしながら地獄谷の有毒ガス噴出地帯を過ぎて、そのあとみくりが池へ最後の階段状の登り。何回も休みながら階段の登りを堪え、室堂の一角であるみくりが池温泉に出た。
みくりが池温泉で一風呂浴びたあと、四時過ぎに最後の歩きをはじめた。室堂ターミナルの建物が近づく頃、また霧が出はじめ、立山連峰を覆い隠し始めた。