風よ、空よ、山よファイナル 821 〜a will〜

2006年8月21日(月)  所要時間7時間25分 費用発生:53,000円

前夜:1859京王八王子・・・新宿・・・大宮2102・・・2323山形2332・・・2358寒河江(ビジネスホテル泊)

8/21:631寒河江・・・645左沢=730古寺鉱泉−840ハナヌキ分岐−910三沢清水−935古寺山−1005熊越分岐−1105大朝日小屋−1115大朝日岳1120−1130大朝日小屋1135−1215熊越分岐−1335ハナヌキ分岐−1455古寺鉱泉(泊)

8/22:800古寺鉱泉=850左沢910・・・951山形1001・・・1250上野

日本百名山で最後に残った山は朝日岳となった。この山は標高こそ1870mと低いが、東北の山のなかではアプローチが悪く、頂上までの所要タイムも長いので、百名山をハンターの間では難関のひとつといわれている。私は残り10座の時点で、ラストは名前のいい朝日にしようと考えていた。北海道を終わらせ、北アルプス薬師岳を片付けて残りがついに1座となり、さっさと朝日をやって、満願成就してしまおうと考え、プランを練った。ほんらいならこのくらい標高の低い山は夏場は暑いので秋に回すのがセオリーなのだが、マジック1の状態で1ヶ月2ヶ月も引っ張るほど人間が出来ていないので、暑いのを承知でやってしまおうと決意した。

8月20日、会社がはねたあと京王八王子駅へ向かい菓子パンや飲料を仕入れた後、京王線の特急で新宿へ向かい、湘南新宿ラインに乗り継いで大宮へ。例によって駅構内のベッカーズでメロンフロートを飲みながら新幹線を待つ。21時2分の山形新幹線最終に乗って、車内でしばしまどろむ。いつのまにか新幹線は福島を過ぎ、仙台行きの「やまびこ」から切り離されて7両となって板谷峠越えにかかる。車内でスーパーで買ったカツ丼とポテトサラダの夕食をすます。米沢、高畠、赤湯とこまめに停車してから山形市街へ入り、23時32分、山形到着。

2両編成の左沢線ディーゼルカー寒河江行き最終に乗り換える。側面に「フルーツライナー」などと書かれているが車内は通勤電車と同じロングシートであった。ドア数が少ないので鰻の寝床のようだ。列車は夜の山形盆地をエンジンを振るわせながら進み、23時58分、寒河江着。このあたりの中心都市なので駅舎も立派なつくりだ。事前に予約したビジネスホテルは駅から少し離れたところにあった。早足で歩き、ホテルに投宿。手早く風呂に入って寝る。

6時前に携帯電話の目覚ましで起こされる。寝たりないがやむをえない。悪いことに天気予報は曇り午後から雨で雷を伴うとのこと。日が射さないのはうれしいが雷は困る。これできょうは積極的にしかけないといけない。駅へ戻って6時31分の左沢行き始発に乗る。左沢での折り返しで通勤通学客を運ぶためか、ディーゼルカー6両もの長い編成である。左沢まではすぐで、予約しておいたタクシーに乗る。タクシーは山奥へ入り込んでいって、のどかな集落をいくつか通って、柳川温泉を過ぎるとグネグネ道の険路となって、上りきると長い大井沢トンネルを抜けて、そのあと左折して林道に入り、地蔵峠を越えて少し下った後、古寺のサクラマス孵化場のところで右折し、しばらく走って7時半ころに古寺鉱泉手前の駐車場に着いた。タクシー代は9,890円であった。

いよいよ最後の山へ一歩を踏み出す。川沿いの歩道を2分ほど進むと今夜の宿の古寺鉱泉の一軒宿の前に出て、木でできた橋を渡って旅館の前を左折し、すぐに登山道に入った。森の中の歩きよい道である。取り付きでもそんなに傾斜は苦しくなく、マイペースで高度を稼げる道だ。しかし、曇ってはいるがムシッとした暑さ息苦しさを感じ、額から汗が滴り落ちメガネを濡らす。30分ほど歩いてブナともう一種類の木(名前忘れた)が絡み合った「合体の樹」の横を通り、なお高度を上げていって、行動開始から一時間強で一服清水を通過し、そのあと少し下って日暮沢コースと合流するハナヌキ峰分岐に到着。コースタイムではここまで2時間15分と記されているのでオーバーペースかもしれない。左折して少し下った鞍部から古寺山めがけての少ししんどい登り。

悪いことに日が射してきて、かなり苦しくなってきた。分岐から30分くらいのところにある三沢清水ですこし休憩。ここの水場は登山道脇にホースとバケツが設けられ、ホースからはこんこんと冷たい水が流れており、傍らに金属製のコップが置いてあり、水場のたもとで何人かの登山者が休んでいる。ああ助かったと思いながらコップで水を2杯ごくごくと飲む。3杯目は頭からかぶった。ついでにタオルを水で濡らし、首にぶら下げて暑さをしのぐ。さて歩行再開。暑い中のしんどい登りなのでMDウォークマンのスイッチを入れ、I’veサウンドを聴きながら黙々と高度を上げる。

水場から25分ほどで古寺山頂上、標高1501mの標識を通過。眼前の小朝日がガスに見え隠れしている。思いなしか樹林の丈が低くなってきて、そのあとは小さなアップダウンを繰り返しながらの尾根歩き。時折雲間から差し込む陽光が苦しい。少し登った後、小朝日と巻き道の分岐に出た。こんかいは大朝日のみが目的なので小朝日は巻き道ではしょる。しばらくトラバース道が続いた後巻き道は下りとなって、涸れ沢の源頭部のようなところを2箇所ほど通って、目の前に小朝日から大朝日へ通じる稜線が見えてきた。稜線の右へ目をやれば尾根は高みへ通じその先に大朝日小屋が小さく見えた。あそこまで行けばよいのだ。

ほどなく熊越の分岐で小朝日からの登山道と合流、さあ、悲願達成まであとコースタイムたったの2時間、頑張れと己を励ます。すこしだけ急峻な下りを経て熊越の鞍部。そのあとは稜線上をジリジリと高度を上げながら進む快適な道であった。樹林帯を抜け傍らにケルンもある標高の割にはアルペンティックな道である。そんな気持ちのいい道を30分ほど歩くと、予想していたよりあっさりと銀玉水に到着。水場は登山道を少し外れたところにあるようだったので、ここでは休まず前進。ここからしばらく木の枠に石が敷き詰められた、整備された登山道の登り。このとき日が射していたので路面からの輻射熱にも悩まされた。

苦しみながら高度を上げると左前方に大朝日岳のたおやかな頂上部が見え、その右側に大朝日小屋がはっきり見えた。あそこまで進めばよいのだと己を励まし、眼前の斜面を一歩一歩登ってゆく。ほどなく稜線上に達し、目の前の大朝日小屋との高度差がなくなったことを実感。あとは稜線上を適当に歩けばよかった。西朝日からの稜線が合わさる分岐のあたりは高原状の地形で、雪渓やお花畑もあり、一度のんびり散策してみたいと感じた。ケルンの小ピークを巻き、ほどなく大朝日小屋に到着。ついに百名山踏破まであと15分のところまで来た。

ザックを小屋に置き、緩い斜面を淡々と登る。再びガスが頂上部を包み始めた。百名山全踏破までほんのちょっとだという思いはあったが、それよりも痛みだした左ひざが大丈夫かということと、下山まで雨に降られずに済むかという思いのほうが強かった。ほどなく大朝日岳頂上の標識が見えた。

2006年8月21日11時15分、私は百名山のサミッターとなった。3日前にKOTOKOさんに握手してもらった右手を突き上げながら頂上の標識にタッチ。荒涼とした頂上は方位盤があったがほとんど何も見えず、わずかに平岩山方面の尾根、今しがた来た道と西朝日への稜線が少し望める程度であった。これで長年の念願を達成したわけだが、平が岳や黒岳での爽快感も、光岳や幌尻岳での涙もなかった。これで終わったのかと思う。とりあえず天候が怪しいので頂上には5分いただけで引き返す。

大朝日小屋でザックを回収し、ホットケーキの行動食。金玉水の雪渓のあたりで憩うパーティーが見える。そのあと今しがた来た道を戻り、尾根上をしばらく進み斜面をひとしきり下って、石畳の道を下って銀玉水を通過。感慨よりも空虚な思いを抱えたまま稜線をたどる。北側は少し展望があるが南側はガスで白い。ほどなく前方に小朝日の壁が立ちふさがり、熊越から急斜面をひと登りして巻き道の分岐を通過。左折して登り気味の巻き道を15分ほど歩き、道がトラバース状になってきてすぐに小朝日からの道と合流。

このあと小さな登り下りをはさんで、古寺山を軽く登り返して、本格的な下りを進む。技術的には難しくないが暑い中での歩きで少しバテているので足もとがおぼつかない。ごろっ、遠くで雷音が聞こえだした。これでは雷雨は時間の問題だろう。三沢清水で往路同様コップの水を2杯飲んで、気を取り直してやや急な下りをこらえる。鞍部まで降りてすぐにハナヌキ峰の分岐まで戻ってきた。少し上り返して一服清水。ここでも水を飲んでおく。雨が近いので足の速さを生かして一目散に下ったほうがいいのは分かっているが、バテているのか百名山踏破で気が抜けているのか本来のスピードが出ない。往路では一時間少々で踏破した道なのに、みょうに長く感じる。

樹林帯を30分ほど下って合体の樹まで下ってきた。動きの悪さはガス欠だろうと判断して、ここでホットケーキの行動食。そのあとラスト30分だと己を励まし最後の下りにかかる。そのあといくらも歩かないうちにあたりが夕方のように暗くなり、ドガシャーンという雷音とともに雨が降り出した。ヤレヤレと思いながらブナの大木の下で雨宿りをしよと考え座り込んだら雨脚がバケツをひっくり返したような激しさとなり、着ているものやザックがみるみるうちに濡れてゆく。これはひどい、どうせ濡れるなら古寺鉱泉まで逃げてしまおうと判断し、雨具をつけて下りにかかる。天は最後の最後にきて手荒いことをしてくれる。

雷鳴におびえながら見覚えのあるヘアピンターンを2つ切って、泥水の流れる道を淡々と進んで、振出してから10分ほどで古寺鉱泉にたどり着いた。ザックも下着もずぶ濡れである。目の前の川は濁流と化している。ヤレヤレと雨具を脱ぎ、古寺鉱泉に宿泊を申込みをする。古寺鉱泉の宿では存分にくつろいだ。温泉に漬かり疲れを流した後、7時からの夕食では岩魚の塩焼き、好物のなめこ汁、何種類もの山菜のおひたしが出た。山うどは小生の口に合わなかったのでムリヤリ嚥下した。古寺鉱泉は朝日岳登山を翌日に控える登山者で盛況で、百名山完登を多くの同宿の方に祝っていただいた。

翌日、縦走された登山者とのタクシー相乗りで左沢へ戻り、ディーゼルカーで山形、新幹線で上野へ戻る。疲れからか新幹線の中では眠った。例によって都内某所で、巨大メロンフロート、エビピラフ、ストロベリーミルクレープでひとり祝宴を張った。これで長年の念願を果たしたわけだが、いくつもの山の中での困難、山の外での困難を排してゴールにたどり着いたわけだが、何もないのだ。何もない。次の目標をどうするか、次はどんな山に登るか、そういったことも考えないとこの先の人生、社会生活において張りがなくなるのでよろしくないのだが、とりあえず私の15年に及んだ日本百名山の旅は幕を閉じた。

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